ご挨拶


「はんなり」とは、「華あり」から転じたとされる方言で、「上品で華やかな感じがする様子」のことです。
 女性がずっと華やかでいられるように、心身の不調を改善するサロンでありたいとの思いを込めています。
 たとえ年をとっても、病気をしても、決して家に閉じこもらないで、あなたらしく人生を謳歌してほしい・・・。
  心身ともに「はんなり」とした女性が増えていくことが、当店の願いです。


 メディカル・マッサージはんなりは、乳がん患者さんの声から生まれました。

 

 乳がんの治療は手術で終わりではありません。その後の治療や生活も重要です。しかし、現在の医療保険制度では、入院期間は短縮され、治療は外来通院がほとんどです。
 日常生活指導もそこそこに術後すぐに退院。

 不安なまま生活し、何時間も待たされる外来受診で、やっと会えた主治医。

 質問したいことはたくさんあるけど、細かいことを訊いたら怒られそう・・・

 生活上の注意点を知りたいけれど、誰にきいたらいいのか分からない・・・

 肩こりがひどいけど、勝手にマッサージに行っていいのかな・・・
 結局、誰にも相談できず、不安なまま家に帰り、少しの不調は我慢してしまう・・・。
 
 そんな体験がありませんか?
 
 乳がん患者さんたちのお困りの声を、何度もうかがううちに、私は決心しました。
 乳がん患者さんが安心して通える、退院後の生活をサポートするお店をつくろう!と。
 

 

 当店では、丁寧なカウンセリングを元に、徹底した個別対応、QOLを高めるための日常生活指導を行っています。乳がん術後の不安や治療中の不調など何でもご相談ください。
 最新かつ公正な情報と医学的知識を基に、あなたに適した答えを一緒に考えてまいります。

 

 


Profile

1978年生まれ。理学療法士。

京都府立大学文学部を卒業後、
社会人を経て、柳川リハビリテーション学院へ。
JCHO久留米総合病院(旧 久留米第一病院)リハビリテーション部に勤務。
乳腺外科、整形外科、緩和ケアなどのリハビリテーションに従事。リハビリテーション実績:乳がん術後肩関節拘縮、腰椎ヘルニア、リンパ浮腫、変形性膝関節症、前十字靭帯損傷、膝蓋骨骨折術後、TKA後(人工膝関節置換術)、THA後(人工股関節置換術)足関節固定術後、等。

 

 そもそも私が理学療法士を志したきっかけは、母のがん闘病でした。
 母は、私が10代の時に肺がんを発症し、度重なる手術や抗がん剤治療、放射線治療など、つらい闘病を耐え抜きました。髪の毛は抜けてしまい、常に帽子をかぶっていました。祖母の葬儀の際、いつもの帽子をかぶるわけにもいかずに困っていたのは今でもよく覚えています。
 当時、私は大学を出て一人暮らしをしながら働いていましたが、ある日、主治医に「打つ手がなくなった」と言われ、介護休暇を取って実家に戻りました。最期だけは母の希望とおり自宅で過ごしましたが、当時の私にはなす術がなく、母を前にしても何もしてあげられませんでした。今でも悔やんでいます。

 在宅療養中、ヘルパーさんや看護師さんにお世話になり、その言葉に精神的に支えられたことが転機となりました。

 母を亡くした後、がん患者さんとその家族を支える仕事がしたいと考えるようになり、理学療法士の専門学校へ社会人入学。国家資格をとって転職しました。

 久留米総合病院(旧 久留米第一病院)に勤務してからは、整形外科疾患をはじめ、乳腺外科の患者さんを年間100~150人程度担当し、緩和ケアチームへも参加しておりました。またがんリハビリテーションが算定できるセラピストとして、周術期から緩和期まで幅広く患者さんとご家族へ関わる経験をしました。

 そもそもリハビリテーションとは、病院の中だけで行われるものではありません。住み慣れた地域で、その人らしく暮らす支援をしていくこと、それがリハビリテーションの理念だと私は解釈しています。しかし、乳がんだけに限らず、現在は医療費削減のために、入院期間は短縮され、リハビリテーションにも期限が設けられています。そのような現状のなか、どうしたら、がん患者さんが地域で暮らしていくことを支援しつづけることができるかと考える日々が続きました。

 悩んだ末に出した答えが、病院を出て、サロンを構え、そこを拠点に活動していくというスタイルです。今後は、病院での経験を活かしながらも、病院ではできなかった、幅広いサービスの提供や社会貢献事業を行っていくのが目標です。

 母やかつての私のように、がんと闘いながら暮らしている、患者さんやご家族のために、少しでもお役に立ちたい・・・その思いが私の独立への思いです。

 

 

 


「がんリハビリテーション研修会」の全過程を終了